「イエスマンばかり」からはじまった組織改革15年。超トップダウンから自律型組織への軌跡

「部下は上司の指示を待ち、怒られないために仕事をしていました」。鉄筋工事業を営む株式会社松伸 代表取締役社長 長田哲也さんは、当時をそう振り返ります。離職率70%超、イエスマンだらけの組織を目の当たりにしてきた長田さんは、社員の主体性を引き出すために15年間「2つのこと」を徹底してきました。結果、社員が自ら目の前の課題を捉え、考えて動けるように。近年では、粗利率も大きく向上しています。「リーダーの行動次第で、社員は考えることをやめてしまう」と語る長田さんが貫いたこととは。詳しく伺います。

「イエスマンばかり」に限界。指示待ち部下の主体性を引き出すために徹底した、2つのこと

――貴社は、社員の方々の主体性が高いと伺っています。具体的に、どんな場面でそう感じますか。

長田 哲也さん(以下、長田): そうですね、 近年では現場から改善提案が自然と上がってくるようになりました。 以前は考えられなかったことです。特に印象的なのは、社員が部署の垣根を越えて、自主的に業務改善会議を企画・開催するようになったことですね。私が指示したわけでもなく、社員たちが自分たちで動き出したんです。 不満があれば辞めるのではなく、会社を良くしようと考えてくれる。 それが今の松伸の一番の強さだと思っています。

――過去はどのような組織だったのでしょうか?

長田: まず、私は2006年に松伸に入社しました。2011年に取締役本部長に就任し、経営の実務に携わるように。2021年に先代が病に倒れてからは実質的に経営を担い、2024年に社長に就任しました。

入社当時の建設業界は「きつい、汚い、危険」な労働環境が当たり前で、朝から晩まで休みなく働くのが常識でした。当時の社長は、現場では「親父」と呼ばれていました。親父の言うことは絶対で、「イエス」「はい」「喜んで」以外の選択肢はありませんでした。指導は厳しいものでしたが、ときに優しい一面もあり、 アメとムチのマネジメントの中で社員はみんなイエスマンになっていきました。 意見を言える空気など、まったくなかったですね。 上司の指示を待ち、それを失敗せずに遂行することを目標に仕事をしていました。

ただ、その環境についていけない人はどんどん辞めていきました。 離職率にすると、7割以上あったのではないでしょうか。 当時は、業界全体がそういうものだという空気もあり、特に危機感を覚えていませんでした。今思えば、組織には大きな課題があったと思いますが、正直なところ私自身もその空気に飲まれていました。

2011年に就任した先代も、最初はトップダウン型のマネジメントを続けていました。そんなとき、おかみさん的な立ち位置で社員に接してきた奥様から 「社長が何でもやってしまったら、社員が育たない。あなたがいなくなったらどうするつもりなの?」 と進言され、ハッとしたそうです。

松伸では、歴代社長が50代で早世してしまうという背景がありました。先代もそのことを意識していて、もともと「自分に万が一のことがあったとき、会社が回らなくなるのでは」という危機感を抱いていたようです。それをきっかけに、 「社長がいなくても回る組織を、10年間で作り上げる」 という確固たる目標を掲げ、取締役本部長であった私や部下に多くの権限を任せるようになりました。

――長田さんご自身も、その目標に同意だったのでしょうか?

長田: 私も、当時のトップダウン体制に限界を感じていました。それを受け入れている時期もありましたが、経営を支える立場になってからは見える景色が変わりました。 社員が「どうせ何を言っても無駄」と諦めてイエスマンになり、挑戦する意欲を失っていく様子を間近で見続けるうちに、「このような組織では会社の未来はない」と確信するようになっていったんです。

先代が抱いた「個人の力に依存する組織の危うさ」と、私が現場で感じた「思考停止したイエスマン組織への危機感」。その2つが合致したことが、社員の主体性を引き出す大改革へと踏み出す原動力になりました。 以降、私は社員と接する際に「2つのこと」を徹底してきました。結果、社員たちは少しずつ自分の言葉で意見を言い、自ら動く組織へと生まれ変わりました。

――長田さんが徹底されてきたこと。それは、何だったのでしょうか?