「個人商店の集まり」を自律型組織へ導いたリーダー。12年間貫いた「二つの行動」

「顧客との信頼関係は良好。でも、会社の危機を自分ごととして捉えている社員はいませんでした。」株式会社エム・イー 代表取締役社長 小畑貴志さんは、入社当時をそう振り返ります。社員たちは怠けていたわけではなく、目の前の仕事に真面目に取り組んでいました。しかし、業界が縮小しシェアも落ち込む中「現状維持」に甘んじている。その姿に強い危機感を抱いた小畑さんは、社員が主体的に考え動けるよう「二つの行動」を徹底しました。結果、5年で売上を倍増させただけでなく、現場から意見やアイデアが次々と生まれる自律型組織に。小畑さんが、組織を変えるために徹底した「二つの行動」とは何だったのか。詳しく伺います。

株式会社エム・イー
循環器科・心臓血管外科・消化器科に特化した医療機器の卸売を事業基盤に、長野県内で35年以上の実績を持つ専門商社。売上高127億円(2025年6月期)、従業員数123名(2026年7月時点)。

個人商店の集まりのようだった。自律型組織をつくったリーダーが、12年間ブレずに続けた「二つの行動」

――小畑さんは2014年に社長に就任して以来、5年で売上高を2倍に。県内シェアを65%から85%まで伸ばされたとのこと。その背景には、大胆な組織改革があったそうですね。

小畑 貴志さん(以下、小畑): はい。ありがたいことに、現在では 社員一人ひとりが自ら考えて仕事に向き合うようになってきました。 あくまで私の感覚ですが、 全社員の6割ほどは主体性を持って動けています。 まさに、自律型組織になってきていると感じます。そして一人ひとりの成長が、明確に業績向上にもつながっています。

まず、私は先代から「次期社長に」とヘッドハンティングされ2011年に入社しました。かつて県内95%を誇っていたシェアが、約10年かけて65%にまで落ち込んでいた頃です。

シェアが下がった理由は、大きく2つあります。一つは、拠点間のつながりの欠如。長野県内は大学関連の病院が多く、医師が3〜5年単位で異動します。「どの先生がどこへ移るか」という 営業上極めて重要な情報が拠点間で共有されておらず、知らぬ間に他社に商流を奪われることが少なくありませんでした。 もう一つは、価格競争への脆弱性です。担当者たちは、手厚い対応で信頼を築いていました。ただ、それは他社もやっていること。いざ病院側から「とにかく安く」という指示が出た時に、 「高くてもエム・イーで」と言われるだけの強みを持っていなかったのです。

さらに当時、国が定める保険償還価格が下がり始めていました。同じように売り続けても、単価が強制的に下げられてしまう。 「このままでは5年も持たないだろう」当時は、そう感じていました。

このような状況にあっても、 社内では誰一人として危機感を抱いていませんでした。 ただ、これは社員が怠慢だったわけではありません。当時は、会社の業績や目指す方向性、さらには業界の危機的な動向について現場に共有されていなかった。じわじわとシェアが落ちていくなか、 社員たちは「担当病院との関係を良好に保ち、日々のルーティンをこなす」以外に、やりようがなかったのだと思います。

そして、社員一人ひとりはいわば「個人商店」のような状態で。 担当病院に対しては誠実に向き合うものの、その意識はあくまで自分の持ち場の中だけのもの。 「担当さえ守っていれば大丈夫」という空気が蔓延し、会社の危機を自分ごととして捉えていませんでした。 それにより、会社をもっと良くしようとか、新しいことに挑戦しようとか、そういうアイデアを自発的に提案してくる社員がいなかったのです。

私が大きな危機感を抱いた背景には、証券会社時代の経験があります。1995年頃、金融自由化によって業界は一気に自由競争に晒されました。 自ら知恵を出して変化できた企業は成長し、動けなかった企業は衰退していった。その光景が、当時のエム・イーと重なって見えたんです。

以降、私は社員たちが会社の課題を自分ごととして捉え、 自ら考えて行動できるよう「二つの行動」を徹底しました。 すると、徐々にではありますが「自分は組織の一員だ」という意識が育ち、同じ方向を向いて動ける強い組織へ変化。 結果として売上を倍増させ、シェアを85%まで引き上げることができたのです。

――小畑さんがこの12年間徹底された「二つの行動」。それは、何だったのでしょう?