当事者意識と主体性を根付かせた10年越しの施策。将来の企業危機を見据えたリーダーの意思決定
「自分が判断を見誤った。トップダウンではこの先、生き残れないと焦燥した」―そう語るのは、製造業・製造派遣事業を手がける三陽工業株式会社の代表取締役、井上直之さん。リーマンショック後のどん底で自ら意識を変え、トップダウンで組織を牽引して事業成長を果たすも、自身の想像を超える急激な時代の変化の中で「最前線で自ら考え、行動できる社員と組織」の必要性に気づきます。そこから組織改革を進めた同社、2025年に社員が行った挑戦は1208件と以前の10倍にも上り、売上は約2倍の約80億円にまで成長しました。その増加を後押しした施策はとてもシンプルで、発端は井上さんの違和感でした。主体性と当事者意識、そして挑戦する文化を組織に根づかせた取り組みについて伺いました。
挑戦する社員を生んだシンプルな思考と仕組み。主体性を後押ししたリーダーの違和感
――貴社は「主体性」にこだわった組織づくりを進められています。どのような背景があったのでしょうか?
井上直之 社長(以下、井上): 私は2005年に家業に入る形で入社したのですが、しばらくは絵に描いたような「とても良い部下」だったと思います。ホウレンソウは欠かさず、上長の指示には忠実に従っていました。トップダウンの社長の息子という立場だったこともあり、自分から前に出るということもほとんどしませんでしたね。会社も仕事もそれで問題なく回っていました。
ところが、2008年のリーマンショックで売上は激減、会社はまさに焼け野原と化しました。そこに直面して 「自分は責任を上に押し付けているだけだった」 と思い至ります。
それを機に私は「自分で考えて、自分で決める。責任も自分が負う」という姿勢に転換。その中で「受け身よりも主体的に仕事をしたほうが、自分は楽しめる」という確信を持ったのもこの頃でした。
しかしその段階では「私が主体的になった」だけです。その後は「自分がすべての責任を負うのだから、すべてのことに口を出す」といった具合に、今度は父に代わるような形で専務・社長としてトップダウンの組織を再構築。会社が順調に成長していたこともあり、そんな組織運営に疑いを持ってはいませんでした。
しかし2016年 「今のままでは将来、会社が立ち行かなくなる…」という強烈な焦燥に駆られる出来事が起きました。 少しずつ会社の成長が鈍化し「自分一人の力ではそろそろ限界ではないか?」と薄々感じていた矢先、 私自身が『時代の変化をはっきり見誤った』 のです。
とある大手メーカーの大規模な工場への人材派遣の案件が決まり、いざ人を集めようと求人を出したものの、一向に人が集まりません。あらゆる手を尽くしてなんとか人を集めたのですが「こんなにも採用は厳しくなっているのか…」と自分の見立ての甘さを思い知りました。
当時は、今日まで続く人手不足の入口のような時期でした。時代の変化は自分が思っているよりもずっと早い。自分だけで判断して会社の舵取りをしていては、また時代の変化に置いて行かれ、取り返しがつかない日が必ず来る。もっと現場の最前線で舵取りができる組織にしなければ…と思考が180度変わりました。
そうして「各業務の最前線にいる社員が自ら判断し、動ける組織」への変化を模索するのですが、組織の慣習や社員の思考・行動がすぐに変わるものでもありません。
ただ、10年近くにわたり様々な取り組みを行ってきた中で 「社員の自発的な挑戦」を後押しする施策として、とても有効なものがありました。 これは2017年の経営計画発表会の当日に、ちょっとした違和感で発表内容の言葉を変えたことから始まったのですが、それがやがて社内に根付いていきました。
結果、 社員の自発的な挑戦の数は10年前の10倍、年間1208件(2025年)までになり、今では「自ら挑戦する文化」が当たり前の組織 になってきています。
――どのような施策が、社員の挑戦を後押ししたのでしょうか?
井上: とてもシンプルで、 おそらくどんな組織でも真似できる施策 だと思います。