連載:第73回 リーダーが紡ぐ組織力
P&G・Facebook出身のリーダーが、縦割り・職人型組織をフラット・自律型組織に変えた、たった一つの方法
BizHint 編集部
2026年3月31日(火)掲載
事業のスケールアップを目的に、2022年にMOON-X株式会社と統合した、長野県塩尻市発のベビー・マタニティブランド「ケラッタ」。業界未経験で代表となった下村祐貴子さんは、就任から2年で主要ECモールの売上を2倍に伸長。ベビーブランド初となる、国内3大ECモールの年間ショップアワードの同時受賞を果たしました。これほどまでの成長を実現できたのは、立ち上げ期に最適化されていた職人型の組織を、自律型組織へと変革させたことにあります。その鍵となったのは、P&G・Facebookで培ったリーダーシップでした。一体どのような取り組みを行ってきたのか、詳しく伺います。
※2026年3月取材時点の内容です
縦割り・職人型組織の限界。フラット・自律型への変革の必然
——下村さんは2022年9月に社長に就任されたそうですね。当時の組織はどのような状態だったのか、教えてください。
下村 祐貴子さん(以下、下村):一人の社員が1製品の企画から販売まで完結させる、いわば「職人型」の縦割り組織でした。「縦割り」というとネガティブな印象を持たれるかもしれませんが、このスタイルだったのには理由があります。
ケラッタはD2Cのベビーブランドとして、Amazonで商品を展開・販売してきた会社です。創業者の田中さんはAmazonについて誰よりも詳しく、自身であらゆる戦術を検討し、メンバーに実行を任せる形で会社をゼロから育ててきました。そのため、当時の組織は規模も経営スタイルも、事業の立ち上げ期に最適化された形になっていたのです。
——創業者の田中さんが、M&Aを決断されたのはなぜだったのですか?
下村:Amazon以外に楽天市場や自社EC、グローバル展開などの多角化を考えたときに、「今の組織体系では次のステージに進むのが難しい」とおっしゃっていました。M&Aの調印式の際には、「ここまでが今の体制での限界だった」と。そこで、ケラッタの「信頼のものづくり」をベースに、MOON-Xのデジタルやブランディング領域におけるノウハウと、私のP&GやFacebookでの経験を活かして、次のフェーズへ進んでいってほしいという言葉をもらっていました。
——次のフェーズを目指すにあたって、組織にはどのような課題があったのでしょう?
下村:それぞれのメンバーが見ているKPI(重要業績評価指標)がバラバラだったことと、情報を共有する仕組みがなかったことですね。また、当時は売上至上主義だったため、利益や経費にまで細かく目が行き届いていませんでした。その結果、PL(損益計算書)が赤字に転じていた時期もあります。
しかし、少しずつ環境を整え、課題を一つずつクリアしていった結果、就任から2年で主要ECモールの売上を2倍以上に伸長させることができました。ベビーブランドとしては国内初となる、3大ECモール(Amazon・楽天・Yahoo!)の年間ショップアワードも、同時受賞できたのです。
——そのような成果に至った背景として、リーダーとしてどのようなことを心掛けてこられたのでしょうか?
下村:私自身のリーダーとしての思考・行動について考えると、P&G時代の上司であるフレディ・バルーチャ氏(現P&Gビューティ部門 最高経営責任者)に言われた一言が思い出されます。あるとき、彼に「あなたのリーダーシップは、チームを自ら引っ張っていくものではない。一人ひとりと向き合い、個性を生かして組織を活性化させる、エンゲージメントリーダーシップだね」と言われたことがあったんです。
振り返ってみると、社長就任以降に取り組んできたさまざまな施策は、この「エンゲージメントリーダーシップ」に当てはまるものばかりでした。なかでも、私が常に向き合い続けてきたことは、つまるところ「たった一つのこと」に集約されていたと感じています。
——「たった一つのこと」とは何だったのでしょうか?
下村:一言で言えば、「適材適所」です。ただ、これは単なる配置転換を意味しているわけではありません。その前段として、社員の興味と強みをヒアリングで掘り起こすところから、取り組んできました。
具体的には、まず就任の4ヶ月前から常駐し、15名の全社員と1on1の時間を設けました。家族構成やこれまでのキャリア、今後やりたいこと、どんなことに興味があるのか——人となりを理解するために、時間をかけて対話を行いました。
次に、ケラッタのEC事業への理解を深めました。「適材適所」を判断するためには、私が社員と同じレベルでECビジネスを理解できなければなりません。ですが、過去にEC事業の経験がなかったため、「社員のキャリアや生活を背負えるのか」という不安を抱いていました。そこで、Amazonの施策や競合分析など、田中さんに一から教えてもらいました。
私は東京から長野・塩尻の本社まで通勤する際、「特急あずさ」を利用していたのですが、毎日車内で田中さんからの課題に取り組んでいました。乗り物酔いか、はたまた経営へのプレッシャーか、いつも吐きそうになっていましたね(笑)。
でも、おかげで就任時にはECの基礎知識が身についており、社員との信頼関係も作られつつありました。ありがたいことに、メンバーからも「会社をもっと大きくしてくれるかもしれない」というポジティブな期待を感じ、不安はかなり軽減されていましたね。

柔軟な働き方と高い生産性を両立させる、「5つの土台」作り
——社長就任後は、まず何から取り組みを始めたのですか?
下村:事業の多角化を実現するにあたり、従来の縦割り組織から、横断的な組織へと転換する必要があると考えました。これまでよりも柔軟な働き方と、高い生産性を両立できる組織に変わっていかなければならなかったのです。そこで、「事業の成長を再現性ある形で支える仕組み」を整えるため、「マインド・情報共有・タイムマネジメント・働き方・心理的安全性」の5つの土台作りから始めました。
まず、組織の根本を支える「マインドの土台」として、就任から3〜4ヶ月後にミッション・ビジョン・バリューを刷新しました。検討にあたって社員全員にヒアリングを行ったところ、「寄り添って作っているもの」という共通項が浮かび上がってきました。手の届かない、憧れを抱かれるようなブランドではなく、「子育て中の方を助ける実用的なブランド」という認識が、社員にはあったんです。そこで、コーポレートミッションを「あなたと家族に寄り添うパートナー。」と制定しました。
そして、このタイミングでコーポレートサイトを立ち上げました。実は、それ以前はホームページと呼べるものが存在せず、採用ページしかないような状態だったんです。サイトができたことで、「自分たちがどんな思いを持って製品作りをしているのか、どんな未来を実現しようとしているのか」が可視化され、仕事への誇りが醸成されたようです。社員が「こんな素敵な会社で働いてるんだよ」と家族に紹介してくれるようになりました。
加えて、運営メンバーの紹介ページを作ったところ、リーダー陣には「自分たちが舵を取るんだ」という自覚も生まれたとも思います。
就任翌年には、家族を招待して親睦を深める社内イベント「Family Day」を開催したのですが、総勢11名ものご家族を連れてきたシニア社員がおり、驚くのと同時にとてもうれしかったのを覚えています。
Family Dayの様子、手作りのおかし釣りコーナー
——二つ目の「情報共有の土台」とは、どのようなものでしょうか。
下村:かつては各製品の担当者がそれぞれの情報を抱えており、誰がどんな仕事をしているのか、必要な情報がどこにあるのかが、すぐにはわからない状態でした。そこで、情報共有やドキュメント管理などを一元化できる「Notion」と、ビジネスチャットツールの「Slack」を導入し、誰もが製品や事業・組織に関する情報を見られるようにしました。ただ、新しいツールを導入する際は、心理的ハードルが上がりがちです。そこで、マネージャー以上の社員が率先して使い、手本となる形で社内に浸透させていきました。
このタイミングで、売上至上主義から利益重視の経営へと転換するために、以前はバラバラだったKPIを統一し、利益管理のダッシュボードを整備・共有しました。しかし、これまで「売上重視」と言われ続けてきた社員の意識が、データを可視化しただけですぐに変わるわけではありません。「日販(1日あたりの平均売上高)ではなく、利益を確保する」というビジネスモデルを理解してもらうまでには、時間がかかりました。けれど、何度も繰り返し伝え続けたことで、PLが改善。加えて、意思決定の「正確さとスピード」の双方が高まりました。
特に力を入れたのが、毎朝全員で行う「見回り会議」です。これは共通のワークシートを用いて、お客様からのレビューと競合製品の動向を確認するものです。部署を横断して知見を共有するため、今ではカテゴリーをまたいだ改善につながるようになりました。実際に、お客様の声をもとに改善した製品は7割に及び、レビューを見たその日のうちに、改善プランを工場に依頼することもあります。
見回り会議の様子
——三つ目の「タイムマネジメントの土台」とは、具体的にどのようなものですか?
下村:以前、社員は担当製品のことだけを考えてスケジュールを組み、ときどき求められたタイミングでミーティングを行う、というワークスタイルでした。ですが、事業が拡大するにあたり、私は部署間の目線合わせがより大切になることを踏まえ、以前より頻繁に打ち合わせを入れるようにしたんです。すると、「ミーティングが増えた」「残業が増えるのでは」と困惑の声が上がるようになりました。そこで、「他者の時間をリスペクトする」というアプローチを取ることにしました。これは、P&Gの文化を応用したものです。
具体的には、午前中は各自が集中して作業する時間とし、必要なミーティングは午後に集約する、というルールを定めました。すると、午前中は自分の仕事、午後はフレキシブルなスケジュールという新しいスタイルが定着し、マルチタスクを処理する働き方が社内に根付いていきました。今では、「作業時間を確保したい場合は、社内の共有カレンダー上でその時間帯をブロックする」というタイムマネジメント方法も浸透しています。また、当社は「残業ゼロ」を目指しているため、業務が立て込んでいそうな社員を見かけたら、すぐに上長が業務調整に入るようにしています。
さらに生産性を高めるため、合わせて導入したのが「プレリード(情報の事前共有)」の文化です。当社は毎週木曜日に経営会議を行っているのですが、前日の夕方6時までに会議資料を提出することになっています。資料は「決定・相談・合意形成」のうち、どの目的なのかを明記してもらい、経営陣および参加者が前日のうちに全件を確認。すべてにコメントを返すようにしています。そうすることで、翌日の会議では1議題あたり15〜30分で議論が終了し、全体では1〜1.5時間で終わるよう設計しています。これは、「(1議題につき)30分以上のミーティングを入れない」という、Facebookの教えを取り入れました。
——四つ目の「働き方の土台」とは、どのような内容ですか?
下村:当社の社員は7〜8割が子育て世代なのですが、都市部と違って保育・送迎・家事・介護など、外部サービスに委ねる選択肢が限られています。すると、家庭の事情によって働く時間や働き方が制限される側面がありました。 そこで、柔軟な働き方を支える仕組みを「福利厚生」として捉えるのではなく、生産性向上施策の一つとして位置づけました。
具体的には、短時間正社員制度やフレックスタイム制、リモートワーク、ベビーシッター補助などを導入しました。また、お子さんの園・学校行事に参加しやすいよう、時間単位で有給休暇を取得できるようにしたほか、家族のあらゆる記念日に利用できる「アニバーサリー休暇」という制度も導入しました。
新しい制度を作るときに意識したのは、「子育て世代だけが恩恵を受ける」という不公平感を生まないことです。そのため、独身の方でもシニアの方でも、利用しやすいものにしました。
——五つ目の「心理的安全性の土台」は、どのように作られましたか?
下村:変化の局面では、言いにくいことほど現場に溜まっていきます。ただ、スケジュール上、社員との雑談時間を確保するのが難しいため、定期的に1on1をセッティングするようにしました。また、フラットな関係性でものづくりを行うため、社内では互いにニックネームで呼び合っています。ちなみに、私は「社長」ではなく、「シモンヌさん」と呼ばれています(笑)。
加えて、私の考えだけが正解だとは思っていないので、社員にはよく意見を求めています。当初はとてもびっくりされましたが、今では慣れてきたようです。提案してくれたアイディアに対しては、原則否定しません。たとえ方向性が違っていたとしても、意見を出してくれたことに感謝を伝えるようにしています。心理的安全性は一朝一夕に築けるものではありませんが、間違いなく改革の推進力になったと自負しています。

「適材適所」が個性を伸ばし、「自律型組織」を育む
——土台作りを終えたあと、実際にどのように「適材適所」を進めていったのでしょうか。
下村:最初の1on1のときに、「マネジメントに興味があります」と言い切ったデザイン担当の社員がいました。私はその姿勢がすごくいいなと思ったので、その方にまずスーパーバイザーとして、チームの運営に関わってもらったんです。そうしたら、本当に適任で。今はデザインマネージャーを務めてもらっています。
一方で、「今の仕事で精一杯です」という社員もいます。その場合は「仕事のなかでも、一番楽しいと感じる瞬間は何か」を深掘りしていきます。例えば、お客様相談室のある担当者は、「お客様と話しているときが一番楽しい」と話してくれました。それならと、ケラッタのファンを増やす施策を兼務してもらうことにしたんです。これは、業務自体がお客様との対話の延長線上にあると判断したからでした。すると、「この仕事にやりがいを感じる」と言ってくれるようになりました。
このように、少しずつですが、社員の個性を生かす組織運営へと転換してきました。なかでも特に印象に残っているのは、就任翌年の夏頃に、社員の方から次の楽天スーパーセールに出す製品を提案してくれたことです。「これまでセール価格で販売していなかったけど、もっと伸ばせると思います」と。そのとき初めて社員の変化を感じたのですが、現在は「ちょっとしたアイディアでも提案してみようかな」と、意識が大きく変化した様子が見て取れます。
当然ですが、社長就任直後は社員と多少の距離感がありました。ですが、今では直接私に意見してくれる社員もいますし、私が出したアイディアに対して「それは売れないと思います」とはっきり言ってくれる人もいます(笑)。でも、まったくもって嫌な気はしません。社員は毎日、お客様のレビューを全件確認していますし、高評価のレビューにある、たった一言のリクエストを見逃しません。息を吸うようにして、日常の業務にお客様目線が組み込まれているんです。なので、私は全幅の信頼を置いています。
一つだけ私が口を出すとすれば、お客様の安全に関わる部分です。例えば、抱っこ紐の安全設計や誤飲に関わりそうな製品設計など、安全性に関わる点には細かく目を配ります。でも、それ以外のデザインや製品のアイディアなどは、すべて社員に任せています。センスのいい現場担当者なら、お客様の意見を取り入れつつ、100倍いいものを作ってくれると思っていますから。
「やらずに後悔するより、やって失敗」を選ぶ
——就任から3年が経ち、社内にはどのような変化が生まれていますか?
下村:以前は1製品のみを担当し、ただただ実行に注力していた社員たちが、今では横断的な視点で物事を捉え、お客様の声を起点として自ら商品改善に取り組めるようになりました。その結果、冒頭で申し上げた成果のほかに、Amazon・楽天のベビー&マタニティ部門のほぼすべてのカテゴリで、ベストセラーやランキング1位を常に獲得し続けています。
また、組織面では社員が15名から35名へと増加し、関東・関西・海外から、わざわざ長野へ移住して入社してくれた方もいます。統合前から在籍する社員のうち、離職者は2名いましたが、配偶者の転勤など不可抗力の理由によるもので、就任当時のメンバーがほぼそのまま残ってくれている状態です。

——今後、同社が目指すものをお聞かせください。
下村:時代が変わっても、子育ての本質は変わらないと思っています。日本中そして世界中のお客様の子育てへの負担を少しでも軽くし、安全と安心、そして快適さを届けていきたい。Facebookには「やらずに後悔するより、やって失敗した方がいい」という文化がありますが、当社も同じです。リスクを最小限に抑えながら、挑戦し続けていきたい。そのためにも、私は「適材適所」を一生やり続けていくつもりです。
ケラッタ株式会社
代表取締役社長兼CEO 下村 祐貴子さん
1980年兵庫県生まれ。神戸大学発達科学部卒業後、P&Gに入社。生産統括部門(SCM)を経て広報部門へ転籍し、「パンテーン」「SK-II」などのブランドPRを担当。シンガポール赴任中に出産・子育てを経験し、アジア・グローバル広報を統括。2016年よりFacebook Japan広報統括執行役員を務め、コーポレート・ブランド・マネタイゼーション領域の広報を統括。2020年MOON-X株式会社執行役員(広報統括)を経て、2022年よりケラッタ代表に就任。
(取材・文:弓橋 紗耶 撮影:松本 岳治)
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